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医療に変革を起こす 医療用iPS細胞ストック 構築計画が始動 ~樹立からわずか6年で見えた  医療活用への道筋~

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2012年10月8日、iPS細胞を世界で初めて樹立した山中伸弥氏(京都大学)に対して、ノーベル医学・生理学賞が授与されました。ノーベル賞は非常に優れた研究業績に与えられるものであることは言うまでもありませんが、多くの場合、研究成果が広く実用化された段階で受賞に至ります。ところがiPS細胞が樹立されたのはわずか6年前、現在実用化にむけて研究が進んでいる段階です。この研究が異例のスピードで受賞に至ったのには、現実的かつ大きな可能性を秘めた技術であるとの評価を得ているためです。今回は、その実用化に向けた研究計画の1つを紹介します。

iPS 細胞の活用に立ちはだかる壁

iPS細胞に期待されるのは再生医療分野での活用です。再生医療とは、病気や怪我により傷んで自己再生できなくなった組織や臓器に、他所から細胞や組織を移植することにより再生を促す治療法です。ただし移植する細胞は何でも良いというわけではありません。まず、移植先の組織にあわせて細胞を分化させ、移植した後は拒絶反応を起こさないようにする必要があります。ここで力を発揮するのが、あらゆる組織の細胞に分化できる全能性をもったiPS細胞です。移植を希望する患者の皮ふなど採取しやすい場所の細胞からiPS細胞を作製し、それを、網膜や神経細胞など目的とする組織・器官の細胞に分化させて(図1)患者に移植すれば、傷んでしまった部分の治療ができる可能性があります。患者本人の細胞から作製したiPS細胞なので、拒絶反応が起こる心配もありません。


しかしこれには課題があります。まず、iPS細胞の作製と分化には約3カ月~半年もかかるため、細胞の作製の間に病状が進行してしまいます。とくに脊髄損傷では発生してから7~10日の間に移植をしないと効果がありません。もうひとつの課題は費用で、現状iPS細胞を作製するのに莫大な金額がかかるため、広く治療に用いるのには現実的ではありません。
そこで山中先生が推進しているのが「医療用iPS細胞ストック構築計画」で、2012年9月、京都大学医学研究科医学部附属病院で正式に承認されました。この計画は、移植に適した何種類かのiPS細胞をあらかじめ作製し、ストックしておくというものです。

たった75 人の細胞が1 億人を救う

移植に適した細胞とは拒絶反応を起こさない細胞ですが、拒絶反応にはヒト白血球型抗原(HLA)が深く関わっています。これは細胞の血液型のようなもので、HLA型が異なると拒絶反応を起こし、近いほど拒絶反応は起こりにくくなります。しかしHLAの型は非常に多様で、A座・B座・C座・DR座・DQ座・DP座があり、その各「座」に数十〜数百のタイプがあるため、自分と完全に一致するHLA型の人は、数百~数万人に1人の確率といわれています(図2)。

また、HLA型は遺伝子によって決まるため、父親由来のHLA型と母親由来のHLA型の2種類を受け継ぎ、1セットのHLA型を持っています。これはABO血液型でいうと、同じA型でもAAやAOなどの遺伝型があるのと同様です。このため、すべてのHLA型を網羅したiPS細胞を用意するのは不可能です。
ここで必要となるのが、複数の型をカバーできるHLAの型です。それは、両親から同じセットのHLA型を受け継いだ「HLAホモ」。たとえば、HLAホモのiPS細胞の遺伝子型がXXだった場合、その細胞はXYやXZの遺伝子型の人に移植しても拒絶反応が小さくて済みます。では、どのくらいの種類のHLAホモiPS細胞を作製すればよいのでしょうか。統計的な試算によると、なんとたった75種類のiPS細胞を作製すれば、日本人の約80%をカバーできるとされています。これは、わずか75人の提供者から作製したiPS細胞が、1億人を超える日本人に提供できるということを意味しています。この75人を探すことは簡単なことではありませんが、山中さんを中心とした研究グループによりすでにその作製が始まっています。

10 年以内にiPS 細胞が医療を変える

京都大学では、5年以内にこのiPS細胞ストックを使用した臨床研究を開始することを目標として掲げています。最も早期にiPS細胞を使用した臨床研究が実施できると期待されているのは、網膜色素変性症(理化学研究所)、脊髄損傷(慶應義塾大学)、パーキンソン病(京都大学)などで、まさにオールジャパンの体制で研究が進められています。
臨床研究を行い治療法の検討が行われた後は、移植後の安全性や治療の有効性を確認し国へ申請する必要があり、これにはさらに数年を要します。したがって、iPS細胞ストックが医療機関などで治療に用いられるのには、これからおよそ10年はかかると予想されます。しかしiPS細胞から作られた組織の移植が行われ始めた時、医療は劇的に変革し、これまで治療が困難だった難病に人類が打ち勝つことができるようになるでしょう。今私達は、その変革が起こりつつある、まっただ中にいるのです。iPS細胞が本格的に医療現場で使われる10年後にむけて、日本が世界に誇るiPS細胞技術について、大人も中高生も正しく知り、関心を持っていくことが大切なのではないでしょうか。

 

 

 

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