千葉大学医学部附属病院 臨床試験部「臨床試験」活性化プロジェクト
生命科学の基礎研究を医療に結び付ける架け橋となる臨床研究は、現在国をあげて活性化が進められている。千葉大学医学部附属病院臨床試験部は、臨床試験の重要性を将来世代に伝える科学・倫理教育に力を注いでいる。2009年より毎年中学生を対象に行っている実験教室では、体験を通じて体のしくみや薬の効果に関わる多数の要素について学び、最後にはオリジナルの臨床試験を生徒がデザインすることに挑戦してもらい、臨床試験について考えるきっかけを提供している。
講師:千葉大学医学部附属病院 臨床試験部
前田 敏郎 先生(専門:免疫・アレルギー学)
臨床試験体験から学ぶ研究計画のポイント
臨床試験を設計する際、とても重要なのは「信頼性のあるデータを得る」ことだ。臨床試験は研究対象者への苦痛やリスクに対する配慮が大きなウェイトを占めるため、限られた環境での試験から確実にデータを得ることが求められ、より細やかな研究の「設計」が必要だ。2016年1月、千葉県立千葉中学校にて行った実験教室では、生徒たちに臨床試験の重要性を知るのみならず、分野にとらわれない「研究計画に対する視点」を伝えた。
データに関わる「要素」を洗い出す
「信頼性のあるデータを得る」ことは臨床試験にとって非常に重要だが、実際に研究計画を立ててみるとそれが非常に難しい。なぜならば、試験結果は「薬の効き目」だけによって左右されるのではなく、研究対象者の体調や心理状態、試験を受けた環境など、様々な要素が複雑に絡み合って表れてくるものだからである。今回の教室で行う臨床試験体験の目標は「カフェインに集中力を高める効果があるかどうかを確認すること」だ。
そこで、生徒達は「カフェインの効果」に影響を与えそうな要素を洗い出すブレインストーミングを行った。すると「性別・体重」や「食生活」といった「個人」に依存するもの、「試験を行う時間帯」や「部屋の温度」といった「試験環境」に依存するものなど、数十個の要素が飛び出した。これら様々な要素を考慮した試験設計をすることで、得られるデータの信頼性を高めることができることに気がついた。
踏み込んだ考察体験が「検証方法」への視点を広げる
臨床試験体験では、普通のコーヒーを実薬、ノンカフェインコーヒーを偽薬(プラセボ)として研究対象者役の生徒が摂取後、単純計算を繰り返し、その解答数を比較することで、集中力に影響があるのかを検証した。試験結果からは、一見「カフェインには集中力を高める効果がある」と言えそうなグラフが示された(図)。今回の実験教室の肝はここからだ。講師の前田先生が「カフェインには集中力を高める効果があったと言えるか言えないか?理由と共に発表してください」と促すと、生徒達は改めて試験の結果と設計に注目した。30分程のディスカッション後、「効果があったとは言えない」という結論を出したチームもあった。「プラセボ群の班が日当たりのよい(暖かい)位置に偏っていたので、眠気によって集中力が低下した可能性がある」「薬の持続時間を考えると、もう少し試験を長く行わなければならない」など、事前のブレインストーミングで出た要素を切り口に考察を深めた。
「仮説」は文章で論理的に
最後に、前田先生は「仮説」の大切さを強調した。「『カフェインは集中力を高める』は仮説ではありません。『○㎎のカフェインを飲んだとき、プラセボ群とは△分後から□な差が表れる』と書くことが重要です。そして、なぜ○㎎なのか、△分後なのか、というように、しっかりと根拠をもって仮説を立てましょう」と話す。仮説が論理的に立てられていれば、試験結果が期待通りでなかった場合でも、仮説が誤っていたのか、検証方法が適切でなかったのか、次の一歩につなげやすくなる。「この考え方は臨床試験だけでなく、あらゆる分野の研究に通じるものであり、ぜひ論理だった仮説を立てられるようになってほしい」と締めくくった。
生徒の声
- 一つの薬が安全に飲めるようになるまでたくさんの時間と人の協力が必要だとわかり、薬づくりの過程に興味をもちました
- 実験の難しさや楽しさ、仮説の重要性等がわかった
- 実験そのもの以外で、科学的な思考、表現の学習の機会にもなった
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千葉大学医学部附属病院臨床試験部HP
http://www.chiba-crc.jp/
記者のコメント
今回の教室は臨床試験の重要性を学びながら、課題研究でも活用できる「研究の考え方」を学べる非常におもしろい内容だったと思います。一つの研究事例に対して客観的な視点でディスカッションすることは、研究の視点を生徒が身につけるために有効かもしれません。(戸金 悠)