燃料電池は、水とのかけひき 名越 健太郎
水素で走る車が当たり前になる社会を現実に近づけるため,革新的な進化を遂げたのが,水素を使って電気をつくり出す「燃料電池スタック」です。「いかに効率よくガスを通し,いかに効率よく水を出すか」。Hondaの技術が改良の末に生み出した独自の構造が,高い発電効率を実現しました。
水しか出さない発電装置
燃料電池スタックは,スーパーの買い物カゴを少し大きくしたぐらいの,両手で抱え込めるほどの長方形ボックスです。中には「セル」と呼ばれる薄い発電装置が数百枚も重なって入っています。ひとつのセルは,水素イオンを通すことができる固体高分子膜(PEM)を,プラス電極とマイナス電極で挟み,さらにその外側から,セパレーターと呼ばれる,いくつもの溝が走った金属板2枚で挟んだ構造をしています。マイナス極側のセパレーターの溝には,水素ガスが送り込まれます。水素が電極と接触し,電子が放出されてプラス極に流れることで電気が生み出されます。一方,電子を放出した水素は,水素イオンとなってPEMを通り抜け,プラス極側セパレーターの溝に流れている空気までたどり着きます。そこで水素イオンは空気中の酸素とくっついて水となるのです。燃料電池は,電気を生み出しながら水しか発生しない,クリーンな発電方法として期待されています。
水との戦い
電気をつくる過程で生まれた水は,通常,水蒸気としてセルの外に排出されます。しかし,電池内の温度が低いと,この水蒸気が冷やされ「結露」してしまいます。たとえば,冬の寒い朝,部屋の窓に水滴がついていたことはありませんか? これは,部屋の中の水蒸気が,窓を通じて冷たい外気によって冷やされて液体になったものです。「燃料電池内でも,このように水蒸気が結露して水になると,じつは大変困ることがあるんです」。そう語るのは,株式会社本田技術研究所の名越健太郎さん。「余分な水がまると,空気や水素のガスが通りにくくなってしまうだけでなく,金属でできたセパレーターなどを劣化させる可能性があります」。だからこそ,燃料電池にとって余分な水は大敵であり,なんとしても水蒸気のまま外に出したい存在。しかし,PEMに水素イオンを通すには,ある程度の水が必要なのも事実です。だからこそ,セル内を適度に湿って,それでいて結露するほど湿りすぎない「適度な加湿状態」に保つことがポイントとなるのです。
「流れ」を変えて,水は留めない
適度な加湿状態を保つカギは,温度調節にあります。2008年に発表されたFCXクラリティに搭載されたHondaが独自に開発した「V Flow FCスタック燃料電池」では,これまで横方向で直線状だったセパレーターの溝を「縦方向」「波型」に変えました。これにより,1本の溝を水素ガスや空気が流れる距離が長くなり,直線状だったときよりも約10%多く発電することに成功したのです。さらに,発電で発生した熱を吸収したり放出したりすることで温度を均一に保つことができる「冷媒」を,水素と空気の流れの間を立体的に縫うように直行に流せる構造に改良。これにより発電面をより均等な湿度にすることができるようになりました。また,空気の通り道を縦にしたことで,できてしまった水は重力で下に流れるようにもなりました。これにより,安定的に高い効率で電気を生み出すことができるようになったのです。電気をつくり出しても「水」しか生まないことで期待されている燃料電池ですが,じつは水こそが大敵であり,水蒸気のまま外に出せるようさまざまな工夫がされているのです。
燃料電池が世界平和につながる
燃料電池スタックは,車だけではなく,将来的にはロボットやオートバイなど,動力を必要とするさまざまな機械に使われる可能性を秘めています。そのためには,さらなる燃料電池スタックの小型化,そしてエネルギー生み出す効率の向上が必要です。「あらゆる動力源を,水素を使う燃料電池に置き換えた水素社会が実現できれば,その効果は地球環境を守るということだけにとどまらないと思うんです」と名越さん。「世界はいまだエネルギー源である石油をめぐって争っています。誰しもに平等に降り注ぐ太陽エネルギーを使って水素を生み出し,それを使って電気がつくれれば,必ず世界平和につながるはずです」。
自分がつくり上げたものが,世界や地球を変える可能性をもっている。そんな開発者のワクワクが,エネルギーを永続的に使い続けることができる未来を今,かたち作りつつあります。
(文・山田 翔士)
Presented by Honda