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「走る電源」が、自由な世界に連れて行ってくれる 江口 博之

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車は、走っている時間よりも停まっている時間の方が長いこと、気づいていましたか? とくに、家庭にある自家用車は、走っている時間よりも停まっている時間の方が約9倍も長いといわれています。「停まっている状態の車に、新しい価値を与えたい」。株式会社本田技術研究所の江口博之さんは、車を大きな「発電機」として使えないかと考えました。

今ある技術で、電気を取り出せるか?

燃料電池自動車は、燃料電池を使って水素と酸素の化学反応によってつくり出した電気で走ることができます。言いえれば、燃料電池自動車は、長期間大きな量をめることが難しい電気を「水素」という保存可能なかたちにすることで電気を溜めることができるのです。「幸い、Hondaはガソリンを燃料としたエンジン発電機の技術を持っていました」と江口さん。お祭りの屋台の後ろで、ガガガと音を立てている小さな持ち運び式の発電機を見たことがある人もいるでしょう。江口さんは、長年、こうしたエンジン発電機の研究開発にわっていました。この技術を使って、燃料電池自動車から家庭でも利用できる電気を取り出そうと試みたのです。

直流から交流への壁

ところが、燃料電池自動車がつくり出す電気は約300 V等の「直流電圧」。一方、私たちが普段使っている電力は100 Vの「交流電圧」です。電圧も流れ方も違うため、取り出した電気をそのまま簡単に使うことはできません。

直流電圧とは、乾電池のように一定の電圧が一方向に流れる電圧のことを指します。一方、向きが周期的に変化する電圧を交流電圧と呼びます。「PWM変調」という方式を用いることにより電力変換を行い、直流電圧を交流電圧に変換することができます。このとき、電力変換を適切に行えず、きれいで安定した正弦波の波を描けないと、電気の出力にムラが生じ、照明につなげると明るさがちらつく、中には炊飯器で炊いたご飯がおいしくないということもありました。

そこで、江口さんたちは、家庭で普段使っているのと同じ、もしくはそれ以上に「質の高い電気」をつくることを目指して研究・開発を始めました。

高速フィードバック演算がつくり出す美しい波

そして開発されたのが、「正弦波インバーター」です。交流電圧が通常は1秒間で50回もしくは60回描く周期の波を、正弦波インバーターではひとつの波を数百分の1秒にまで分割し、最も理想的で美しい波のかたちにするために出力すべき電圧をコンピュータが高速でフィードバックを行い計算をします。そして、実際にその電圧を正確に安定した正弦波上に出力させることで、質の高いきれいな電気をつくることが可能になったのです。

家で洗濯機のスイッチを入れた途端、部屋の照明が一瞬暗くなった経験はありませんか? 一定の電力を供給しても、大きく電力を消費するものをつなげた途端に、交流の電圧が乱れてしまうことがあります。しかし、正弦波インバーターがあればこのような突然の電力の乱れも100マイクロ秒(1万分の1秒)より高速でフィードバックして察知し、常に安定した電力を供給することができるのです。

車で移動した先に広がる、自由な生活

正弦波インバーターが搭載された「Power Exporter 9000」は、燃料電池自動車の電気出力口に直接つなげて電気を取り出し、私たちが普段使う家電製品のプラグを直接差して電気を使うことができます。

燃料電池自動車の電気出力口につなげて電気を取り出す「Power Exporter 9000」。
燃料電池自動車の電気出力口につなげて電気を取り出す「Power Exporter 9000」。

この新しい外部給電器を通じて江口さんが目指すのは、一時的な給電だけでなく、私たちと車と電気のまったく新しいライフスタイルです。「私たちは今、電気は家の壁にあるコンセントからしか取れないものだと思い込んでいます。でも、野原の真ん中でもどこでも、車があれば当たり前に電気が使えるライフスタイルと、それが当たり前な社会を目指したいのです」。どこへでも自由に私たちを移動させてくれる車。Power Exporter 9000のような外部給電器があれば、車は走っていないときには発電機としての新しい価値をもつことで、電線にとらわれない、自由で快適な生き方を私たちにもたらしてくれるのです。

正弦波インバーターによって美しい交流電圧の波を実現した。
正弦波インバーターによって美しい交流電圧の波を実現した。

(文・上野 裕子)

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