漏れない、壊れない。水素を溜める「隙間」への挑戦 高久 晃一
車を運転するうえで最も大切なのが「安全性」ですよね。それは,水素から電気を生み出して走る水素燃料電池自動車も同じ。水素を溜めるタンクには,事故が起きても壊れない頑丈さはもちろん,どんなときでも水素がれることがない,絶対的な精密さが求められています。
頑丈なタンクのカギは「弁」
2016年に販売が開始された水素燃料電池自動車は,水素ガスを70 MPa,つまり水深7000mまでもぐったときにかかるほどの圧力を使って圧縮し,タンクに詰め込んでいます。これにより,たくさんの燃料を詰め込むことが可能になり,ガソリン車と同等の走行距離を実現することができました。そこで重要になるのが,高圧に圧縮した水素を安全に詰め込むことができる頑丈なタンクをつくることでした。水素を漏らさない,絶対に壊れないタンクをつくるうえで特に難しかったのが,水素の出入り口の役割をもつ「弁」の開発。「漏らさない,壊れない弁をつくることが,水素燃料電池自動車の安全性を保つカギなのです」と株式会社本田技術研究所の高久晃一さんは言います。
漏れを防ぐ「Oリング」
弁は,タンクにある水素の出入り口の穴に差し込むかたちで装着しますが,ただ差し込むだけでは水素が漏れ出る隙間ができてしまいます。そこで活躍するのがゴムです。たとえば水筒では,本体と中栓の間にゴムを挟むことで中の液体が漏れ出ることを防ぎます。水素タンクと弁の間にも,「Oリング」と呼ばれる弾力のあるゴムのリングが間に挟まれています。断面が円形のOリングは,弁をタンクに差し込むことで楕円形につぶれ,これによって隙間をぴったりと埋めます。しかし,タンク内の水素が高圧になると,Oリングが水素の圧力によって押し出され,わずか約0.1 mmというタンクと弁の溝にはみ出して,Oリングが壊れてしまうことがわかりました(図1(a))。そこで開発されたのが,押されてしまうOリングをぐっと食い止める「バックアップリング」でした(図1(b))。
「台形」がぐっと食い止める
ところが,70 MPaという高圧で実験してみると,バックアップリングすらも押され,溝にはみ出てしまうことがわかりました。高圧に耐え,水素を絶対に漏らさない,完璧なつなぎ目をつくるため,高久さんは,何十種類ものかたちと素材を変えたOリングやバックアップリングをつくり,実験をくり返しました。そしてついに,バックアップリングの断面を台形にするという答えにたどり着いたのです。台形にしたことで,タンク内が空のときはタンクとバックアップリングの間に適度な隙間を残し(図2(a)),タンクに水素が溜まると,水素の圧力によって台形のバックアップリングが押されて傾くことで隙間が埋まります(図2(b))。そしてバックアップリングは強度の高い素材とすることで,溝からはみ出ることもなくなったのです。途方もない数の試行錯誤が,ついにひとつのユニークな発想を生み出したのでした。
安心と安全は技術が作る
「研究は最初からうまくはいきません。でも失敗の数だけ次へのヒントがある。ヒントをもとにまた実験を試す。これをくり返せば必ずうまくいくと信じて弁の開発を続けました」と高久さんは振り返ります。水素は,電気をつくるときに水しか排出しないクリーンなエネルギー源として注目されています。より多くの人々に水素が使われるようになるためには,絶対的な安心と安全を保証することが大切だと言います。「たとえば,家庭で当たり前に使う電気も,扱い方を間違えれば危険であることに変わりありません。しかし,コンセントができたことで危険が減り,私たちは安心して安全に電気を使うことができるようになりました。同じように,技術の力によって,水素を安心・安全に使えるような世界をつくっていきたいです」と高久さんは語ります。技術の力で生み出された安心が,私たちに水素エネルギーを使いこなす未来を届けてくれるのです。 (文・戸金 悠)
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